Night Parties








 夜が来る。


 濃密な空気が辺りをさまよいだすと、ナイアの肌はひどく敏感にそれを感じとる。
 それは最初はとても微妙なもので、夕方の雑踏の人混みの間と間を、おずおずとすり抜けるように 遠慮がちに、だが少しずつ、少しずつ立ち昇ってゆく。やがて夜の濃色が空気という細胞に体液のように染みわたると、 それは世界を密やかに驚くべき速さで支配する。その形状は気体でもなく、固体でもなく、また液体の重さもなく、とろりと、指先の、頬の表面の微かな凹凸を擽り、徐々に内部に染みわたってゆくのだ。

 ナイアはその最初の最初、まだ人々が夕暮れの華やぎに気をとられているうちに、その気配を捉えるのが上手かった。
 空気と人間たちが少し得意げな様子で些か重めの躍動をまだ繰り返しているそんな時分、 足元で僅かにわだかまっているそれを、ナイアは街の迷い子のように容易に見つけ出すことができた。
 数分後には巨大な皮膜となってすべてを覆い包むその迷い子を、ナイアはよく肌に馴染む化粧水のように愛した。 化粧水よりざらつき、触れた肌先にとろりとした感触を残していく夜の存在は、ナイアにとっては何よりも心安らがせ 喉を潤す香料入りのミルクのようなものに近かったかもしれない。
 今日もナイアはすばやく、確実にそれを感じとった。夕刻、日が翳り出すそんな矢先のことだ。この日、ナイアは午前中からの 勤務で、もうほんのあと1時間足らずで仕事を上がる、そんな時だった。ナイアはいつも、この気配が来ると心を落ち着かせて なるべくそれをすんなり迎え入れようとする。煩雑な中華料理店においてそれは非常に困難なことではあったが、ナイアは いつもその努力を怠ったことがなかった。その理由を問われればナイアは答えることはできない。だが、ナイアにとって それは一日における確かに重要な儀式のひとつであった。足先から、伸ばした指の爪の間から、馴染みの感触が纏わりつき、 絡まり出す。それが皮膚を通して自分の体内に入りこもうとする、その一瞬を察知するのが何よりナイアは好きだった。

 「あんた、早上がりだろうがそうじゃなかろうが、この時間って機嫌いいわよね。てんで上の空だけどさ」

 同じ店で働くやはり中国系の娘がそう呆れ顔でナイアに話し掛ける。ナイアはできあがってくる皿を待ちながら、彼女に微笑んでみせた。彼女が上の空と言った、その微笑を浮かべながら。






 逸る気持ちが後押しして、いつも更衣室は駆け足だ。夜の気配が身体に入り込みだすと、ナイアはひとときもじっとしてはいられない。
体内に入り込んだ夜の気そのものが意志ある体液となってナイアの身体を動かす、そんな感じでナイアは身体の芯だろうがどんな些細な部分だろうが、身体のあちこちで脈打って蠢き出しそうになるものを抑えて、急いで着替えをして、店の裏口から飛び出す。

 「よう、小姐、たまには付き合ってくれよ」

 ドアを開けて走りざまに、隣から声が飛ぶ。わざわざ目を移さなくとも相手は判っている、ここに毎夜たむろする不良崩れ(いまさら!時代遅れもいいところだ!)の男だ。尤も、年下と思われる子供の男など、ナイアは問題にすらしてはいない。しかも、とっくに時代遅れになった不良振ることによって、自分が一人前の男であるというように勘違いも甚だしい認識をし、自意識を満足させようとするような男など、振り向く価値もなかった。こんな男を相手にするくらい安い女になるくらいなら自殺した方がましだ、とナイアは考えていた。
 それに相手が誰だろうが、立ち止まっているひまなどないのだ、特に夜が強く脈打つ、こんな日は。足が自然と速まる。ヒールが石畳を叩く音が規則的に、段々と速さを増して一定のリズムを刻んでゆく。

 「なあ、小姐、オレ、凄いんだぜ、この前だって、向こうの店の女が…」

 男は振り向きもしないナイアに向かって尚も必死に食いついてくる。横など向いているヒマはない、足を緩める時間も。
 早く行きたい、一刻も早く辿り着きたい、一本でも早い電車に乗って。あそこに。

 「おい、なあ、マジでさ、オレといっぺんでもヤったら絶対忘れられなくなるって。なあ小姐、」

 男が横からナイアの前に廻り込んだ。ぶつかりそうになって、とっさに止まる。

 「なあ、たまにはそんなに急いでどこか行かないで、オレに付き合えよ」

 尊大な態度。なんて邪魔なのだろう、この物体は。踏み切りの方がまだマシだわ、少なくともこんなに煩い口はきかない。

 「なあ、」
 「邪魔よ」
 「お…」
 「包茎野郎のテクとやらに用はないの、どいて」

 男の顔が驚きに歪み、やはりロクな顔じゃなかったわとナイアは思った。愚鈍に固まったままの男の足を強く踏んで駅までの道を急ぐ。どんな顔であれ、今の私の邪魔をするならば、ずたずたにしてやる。






 渋谷に向かう東横線の快速は、快速だというのにナイアには遅いくらいだった。横浜が始発だから、席に座れない訳ではなかったが、 じっと座っていることができなくて、渋谷への30分、ナイアは立って過ごす。電車の緩い振動が、時折焦れったくてしょうがない。

 停車駅に止まりドアがゆっくりと開閉する度に、我慢できずについ足を踏み鳴らす自分を、周囲の人間は果たしてどう見ているのだろうかとふとナイアは思う。ヒップハンガーのパンツに、トップスはこの前ニューオープンしたブランドのごくミニマムなTシャツ、流石に寒くなってきたので合皮のコートを羽織ってはいるものの、その袖口からはゴールドのブレスが何連にも重なって覗いている。顔立ちが派手な方なのでマスカラと口紅以外には拘ってはいないが、あそこに向かう自分の肌はいつも興奮に上気していて、それが化粧より効果的に自分の顔を引き立てていることをナイアは知っていた。

 …どう見えるだろう?渋谷に遊びに行く女の子?それとも…ナイアはぐるりと車両の中を見廻した。……恋人に会いに行く彼女…?
 平日だとはいえ、夕方の都心への路線はまだ今夜を楽しもうとする若い恋人達の姿が多くあった。彼らのうちのある者はお互いにうっとりと視線を交わし、またある者は恋人とのプランに純粋にはしゃいでいた。それらの恋人達はどれもがそれぞれにお互いが恋という興奮の中にあると他人に思わせるものを持っていたが、自分には到底及びもしないだろうとナイアは思う。
 自分の今感じている興奮は、彼らが感じている以上のものだ。指先は今にも指先に触る8インチ盤の感触を思い起こしているし、腕の筋肉は細心の注意を持って上げられるゲージの力配分をトレースしてる。自分で圧し止めてやらなければならない程の興奮。
 それを彼らは今持っていないし、自分は今まさに持っている。そこにあるのは恋の甘さではない。圧倒的な熱と力。それに比べれば恋の甘さなどなんとありきたりなものかとナイアは思う。
 ナイアとてこれまでにそういった経験がなかった訳ではない。だが、どんな男であっても、やがてその男が放つ力は薄れ、ナイアの知る熱と力に負けた。どんな恋であっても最後は、必ずその力が勝った―――そう、――レイヴ。

 そう、レイヴ。その言葉を頭に浮かべるだけでナイアの胸は急き、息が苦しくなる。
 自分に極限の興奮を約束してくれるもの、レイヴ。
 レイヴ、レイヴ、レイヴ。そこが自分の全ての興奮の場。電車が軋んだ音を吐き出し、車両がホームに滑り込んだ。のろのろと空気圧で開くドアを押し開くようにナイアは駆け出した。そう、レイヴへ。






 バトルが本格的に始まるにはまだ早い時間だったせいか、いつもの場所はまだ穏やかな空気が漂っていた。だが、昼間の穏やかさとは違う、誰もが微量の倦怠と、過度な期待を抱いてそわそわしているような、そんな中での穏やかさは、ナイアにこれから起きる大きな波への期待をいやがうえにも高めた。
 フロアの中央では軽いDJバトルが始まっているようだが、まだめぼしいほどではなくて、ナイアはとりあえず相手になりそうな人間が来るまでバーカウンターで待つことにした。

 「シンガポール・スリング。ジンを効かせてね」

 もはや顔見知りのバーテンダーに片目を瞑ってオーダーすると、バーテンダーは苦笑しながらジンの壜をおどけて翳してみせた。
来たる興奮を待ちかねて心も身体も落ち着かない。こんな時にはすっきりしたジンを効かせすぎるくらいの飲みものがちょうどよい。弱くて甘い酒だなんて、あまりの焦れったさにこのスツールを蹴って今にでも中央のバトル台に突進していきそうだ。

 「今日は早いんだね、皆まだ来てないよ」

 バーテンダーが銀色のシェイカーから見事な手つきで美しいルビー色のカクテルをグラスに注ぐ。綺麗な色だわ、とナイアは思う。夜はこんな色じゃなきゃ。淡いスミレ色のカクテルなんて御免だわ。

 「…今日は早番だったのよ。それに…」

 グラスを取り上げる。揺れた拍子にルビー色の液体が暗い照明の中で光彩のような輝きを放った。

 「…そんな夜だと思わない…?」

 19の年の娘にしては生意気な一言に、一回り以上は優に違うバーテンダーは苦笑して、だが頷いた。
 夜を待つ人間の心情は、夜に期待を抱く人間にしか判らない。そういった意味では、この娘は立派にここの住人だった。数多くのレイヴを行う会場の中でもひときわグレードの高いDJバトルで定評のあるここにおいて、連戦連勝を誇る人間であるからという理由だけではなく、ナイアには夜の持つ特性を鮮やかに体現してくれるようなところがあった。
 彼女の滑るようなDJプレイは、的確でビビッドなトランスを紡ぎ出して尚失われることなく空間に浮いてオーディエンスを沸かせた。それは多分彼女自身が夜の中に入り込みながらも、自分を媒介にそれを表出しているからに他ならないからだろうとバーテンダーは思っていた。
 多分、彼女自身が夜という不確かで魅力的な物体の性質を知悉しているがために、その魅力に期待を寄せて集まってきた多くのオーディエンスの支持を得るのだ。彼自身、夜の世界に住み、多くのDJを見てきたが、こういった形でオーディエンスの共感を引き摺るDJはほぼ初めてだと言えた。

 「ナイア!」

 空気の怠惰さを切り取るように、明るく明瞭な声が聞えた。最近ここによく顔を出すようになったプレイヤー、セリカだ。ナイアが年齢よりグラマラスに見えるとしたら、こちらはまさに年相応だ。身体にフィットするビタミンカラーのノースリーブは暗い照明を跳ね返すかのように明るく光っていた。

 「もうすぐ皆来るよ。今精算してるの、外で。」
 「精算?」
 「そう、マックでクーポン使った分の。小銭がないだのなんだかんだで。」
 「…相変わらず仲いいね、あんたたちも…」

 高い声であっけらかんと答えるセリカにナイアは感心したような呆れたような声で返す。基本的に夜の世界と昼の世界を混同しないナイアにとって、ここでの知人とここ以外の場所でつるむことはあまり考えられないことであった。

 「…ユーズは後で来るってさ。昨日言ってたよ」

 セリカがわざとらしく声を落とし、ナイアの顔を覗きこむ。まただ、とナイアはうんざりする。16、7の女の子のこういったところときたら、本当にお手上げだ。なんでもかんでも恋愛事に結びつけようとする。自分にも相手にもてんでそういうつもりはないというのに、だ。
 VJであるユーズとはここのところ何度かバトルで手合わせしている。自分は相手のレベルがある一定以上だとノリやすいという基準以外、バトル相手にさして執着はないのだが、まがりなりにもVJというプロでもあるユーズとしては、プロである自分より遥かにオーディエンスを味方につけるナイアの存在が気にならずにはいられないらしく、これまで何度かバトルを申し込まれている。
 別にナイアはユーズだけではなく他のDJともかなり手合わせしているのだが、バトルの際のナイアに対するリアクションがユーズが一際派手であるため、他の人間の記憶に残りやすいのであろうと思えた。ナイアはいい波を作り出す全てのDJが好きだったが、確かにユーズは職業柄、ウェーブを作るということにかけては他の人間より長けているところがあり、そこに好感が持てた。だが、そこから恋愛に繋がるには、あまりに自分は音に惹かれ過ぎ、恋愛に興味というものがなさ過ぎた。

 「……そう。」
 「えー、それだけー?」

 いつもの如くあっさりと返したナイアにセリカが不満げな声を上げる。そう、それだけ。ナイアは思う。だいたい、こんな音とビートとグルーブが渦巻くところで、それ以外に何を考えろって?恋愛程度なら昼だってできるわ。


 段々と、フロアの片隅のあちこちから、熱を帯びた口吻が囁かれだす。
 それはフロアのあちこちに伝播し、やがてフロア自体が熱気の渦となる。剥き出しになった腕で、鼓膜を震わす音階で、ナイアは痛いほどにそれを感じる。
もうすぐ、波がやってくる。DJと、オーディエンスが一体となって、引っ張り引っ張られ、そうして一つの波となってフロア中を暴れまわり、溺れさせる、その波が。
 指先が、ちりちりする。ふくらはぎが期待でぎゅうっと締まり上がる。もうすぐ、やってくる、私を震わせるもの、私を取り込んで振り回して、私が振り回すものが。

 「あー、士郎とニクス、早速始めちゃった。凄い騒ぎ!」

 フロアに着くなり中央のバトル台で早速プレイバトルを始めた二人に、セリカが驚き呆れて、それでも気になるのかそちらに向かった。最近勢いあるバトルを展開している二人のDJに、周囲が待ちかねたように大声を挙げ、身体を揺らし始める。
確かに空気が今、動き始めた、明確に。今まで溜め込んでいた熱を、二人のDJという対象を得て。
もはや、静止した空気はこのフロアのどこにも存在しない。空気が動き、せめぎ合い、その余波がまた別の新しい波を作る。
ナイアはグラスに残っていた酒を一気に喉に流し込んだ。きつく作って貰ったせいか、喉がカッと焼ける感触がしたが、それはこの動き出したグルーブの助走に相応しかった。

 「気合入っとんなー、ナイア姐さんよ」

 グラスを煽ったその後ろから、聞き慣れた関西弁が聞こえた。さっきセリカが後から来ると言っていたユーズだ。

 「とりあえずあの二人がバトルし出したら、しばらくは長いんちゃうか?奢るで、今日はまだ負けてへんけど景気づけに」
 「……今から負けるつもり…?気概ないわね」

 勝負に負けたせいもあったろうが、以前自分との勝負で悔しげにホイコーローを奢ったユーズの姿を思い出し、ナイアは不審げに問う。
ここに出入りするDJの中でもレベルの高い人間が勝負前からその気を欠いているのは、バトルへのボルテージを高めつつあったナイアにとっては腹立たしいくらい精彩を欠くもののように思えた。

   「ちゃうて。純粋にオ・ゴ・リ! ユーズさまのオ・ゴ・リだっつのもーこの姐さんはー」
 「……どういう風の吹き回し…?」

 あくまで勝負関係なしだと主張するユーズに一層不審の念を込めてナイアが問う。確かに最近親しくなりつつはあるものの、簡単に奢られるほどに親しくなったというわけではない。あくまで勝負仲間、といった感じがどうしても二人の間は抜けていないのが常で、会話ならともかく奢り云々というのはイレギュラーもいいところだった。

 「あ!別にジブンに下心あるとかそういうんちゃうで。…じゃなくて…」

 ユーズが少し言い淀んで、空を見つめた。ナイアはその視線を追うともなしに追った。



 「……そういうことがあってもいいやないか。……こーゆー夜には」

 ナイアの瞳が、大きく見開かれた。答えるという行為を、ナイアはこの時忘れた。







 士郎とニクスのバトルはいよいよ白熱してオーディエンスを昂奮に巻き込んでいるようだった。ナイアはそれをバーカウンターのスツールに座り、ユーズによって奢られた2杯目のシンガポール・スリングに口をつけながら聴いた。

 「…なんでそんなん毒気抜かれたような顔しとるん」

 ジンロックを飲みながら、さも可笑しそうにユーズが笑った。

 「俺が奢んの、そんなにショックかなあ」

 それもショックやなあとか茶化しながら彼にはナイアの反応が楽しくて仕方ないらしい。俺だって奢りたいくらい気分のいい夜はあるねんでー、なんたって美人さんやしなああんた。それに恰好いいやんかなんかバーカウンターでお姉ちゃんに奢んの。

 今まで他のDJと親しく交流を持ったことがなかったり、または比較的親しいプレイヤーの年齢が若かったりとしていたので、ナイアは他のDJがどういう精神状態でここに現れるかということに関して考えたことがなかった。
 ナイアの頭に常にあるのは、自分と音とオーディエンスと…そしてグルーブ。それしかなかった。対戦しようとしている相手が、ここに来る前に何を感じ、どういうボルテージの上げ方をしているかなどということは、考えすら及ばなかった。よもや、自分にいつも挑みかかってこようとする男もまた、この夜を自分と同じ感覚で受け止めていたというのが、ナイアには衝撃であり、視界のどこかが開けたような気がした。

 考えてみれば、あれだけのレベルのグルーブを作り出す人間が、そういう感覚を持たないというのもおかしな話で、自分がグルーブを作り出しているときの感覚を思い出すと、それなりにグルーブを作る際にはなにかしらの感覚が必要であるというのも確かなことだった。
目の前の男が作るグルーブは自分の方法とは明らかに違ったが、それでもオーディエンスを引き連れることのできる魅力があった。そして魅力を感じさせるためには、ある程度の自分の感覚を投入しなければままならないことであるというのも、ナイアには漠然とながら判っていた。


 背中で波動を感じる。ニクスと、士郎と、そしてオーディエンスが渾然一体となって作り出すグルーブ。
彼らを繋ぐのは場の空気と熱気だけではない。感覚が、彼らすべての期待を結び合わせる。それらは最初は単一な結合だというのに、何度も混じり合うことによって、複合的に、次第に一個の巨大な生き物のように全てを包み、また大きくうねり出す。



 うねり。音。熱気。そして交じり合う感覚。



 ナイアの指先が小さく震えた。グラスの足を掴む指先が、もう制御できないくらいにじりじりと力を蓄え出す。
 混ざりたい、感覚を剥き出しにして。そして私はグルーブの中のひとつに埋没し、それからグルーブのすべてを支配する。


 行きたい、あそこに。作りたい、私の波。


 スツールに腰掛けているのすら辛いくらいに、背筋に、足の筋肉に、腕に、すべてに力が抑えられないほど篭もりだし、もうすぐ飛び出しそうになる。


 行きたい、あそこに。今すぐ、この身体と、この感覚と、そしてこの身体のどこからか来る、判らないけれど、強い熱。



 「……いい顔してきたなあ、姐さん、今にも食らいつきそうにギラギラした眼や。」

 やんわりと、ユーズが言う。だが、その口調とは裏腹に、彼の声にもまた抑えようのない欲望が見え隠れしていた、そしてそれはまさしく今ナイアが身の内に抱え込んでいる熱そのものだった。

 ナイアは半分以上残っていた酒を、いっきに喉奥に流し込んだ。勢いのためにほんの一筋、唇の端をそれて顎まで流れ落ちた。グロスのような輝きを持つそれを、ナイアは手の甲で強く拭った。




グルーブを作る、この身体にある熱すべてを、自分の感覚を使って。

相手はすぐそこにいる、自分と同じ感覚を持って、でも違う方法で、私と食い合おうとしながらやがて自分とグルーブを作る相手が。



 「……いつまでもあの二人に遊ばせておくわけにはいかないわね」

 「いいねえ、その台詞。ぐっとくるわ。」



 自分の声も、相手の声も、欲望と熱への期待で低く掠れている。そうだ、夜に他になにがあるというのだろう。欲望と熱と感覚と…そうだ、すべてはグルーブ。そしてそれを確実に判っている人間が、少なくともここに二人いる。




 「…そろそろ、大人の時間やでぇ…」



 ユーズが低く、ナイアにだけ聞える声で呟いた。ナイアの耳は、この音の洪水の中でも確かにそれをはっきりと聞き取った。








 「…そうね、………だって、…夜だもの……」




 ナイアの呟きが相手に聞えたかどうかは判らない。だがナイアは隣にいる男が確かに小さく笑ったような気がした。





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